AI 開発のキープレイヤー年表:研究者・企業・経営者でたどる 80 年
AI(人工知能)の歴史は、一人の天才が作ったものではありません。理論を作った研究者、それを動かす計算機を作った企業、研究に資金を出して製品にした経営者が、時代ごとにバトンを渡しながら進んできました。この記事では、AI の研究とビジネスに大きく貢献した人と企業を時系列で整理します。
結論を先に書くと、AI の 80 年は次の 6 つの時代に分けられます。
| 時代 | 年代 | ひとことで言うと | 主なプレイヤー |
|---|---|---|---|
| 黎明期 | 1940〜60 年代 | 「考える機械」という問いと最初のニューラルネットワーク | チューリング、マッカーシー、ミンスキー、ローゼンブラット |
| 冬の時代と知識の時代 | 1970〜80 年代 | 期待外れの冬と、ルールを書き込むエキスパートシステム | ファイゲンバウム、福島邦彦、ホップフィールド、ヒントン |
| 統計的機械学習の時代 | 1990〜2000 年代 | データから学ぶ手法と、のちの主役になる GPU・データセットの準備 | ルカン、シュミットフーバー、ヴァプニク、ジェンスン・フアン、フェイフェイ・リー |
| ディープラーニング革命 | 2012〜2016 年 | 深いニューラルネットワークが画像認識と囲碁で人間に追いつく | ヒントン、サツケバー、ハサビス、アンドリュー・ン |
| Transformer と大規模言語モデル | 2017〜2022 年 | Transformer の登場と、規模を大きくすれば賢くなるという発見 | Transformer の著者 8 人、OpenAI、Anthropic、Google |
| 生成 AI ブーム | 2023 年〜 | ChatGPT 以降、AI が巨大産業になり、巨額の投資競争へ | アルトマン、ナデラ、ピチャイ、ザッカーバーグ、フアン |
各時代の終わりには、その時代の「研究」「計算基盤」「ビジネス」が次の時代の土台になっています。たとえば 1980 年代の誤差逆伝播法は、2000 年代の GPU と ImageNet がそろってはじめて 2012 年に花開きました。
この記事は 2026 年 10 月時点の情報で書いています。人物の所属や企業の体制は変わりやすいので、最新の状況は各社の発表を確認してください。
全体像:研究・計算基盤・ビジネスの 3 本の流れ
AI の発展は、次の 3 つがそろったときに大きく進みます。
- 研究(アルゴリズム): ニューラルネットワーク、誤差逆伝播法、Transformer など、学習の方法そのもの
- 計算基盤とデータ: GPU などの計算機と、ImageNet やウェブ全体のような学習用データ
- ビジネス(資金と製品): 研究に資金を出し、成果を製品にして利用者に届ける企業と経営者
この記事では、各時代について「何が起きたか」を説明したあと、主な人物・企業を表にまとめます。
黎明期(1940〜60 年代):「考える機械」の誕生
人工ニューロンとチューリング・テスト
1943 年、神経生理学者のウォーレン・マカロックと論理学者のウォルター・ピッツが、脳の神経細胞(ニューロン)を単純な数式で表した形式ニューロンを発表しました。入力に重みを掛けて足し、しきい値を超えたら出力する、という考え方は、今のニューラルネットワークにもそのまま残っています。
1950 年には、イギリスの数学者アラン・チューリングが論文「Computing Machinery and Intelligence」で「機械は考えることができるか」という問いを立て、会話で人間と区別できるかを試す「模倣ゲーム」(のちのチューリング・テスト)を提案しました。
ダートマス会議と「人工知能」という言葉
1956 年の夏、ジョン・マッカーシー、マービン・ミンスキー、クロード・シャノン、ナサニエル・ロチェスターの呼びかけで、ダートマス大学に研究者が集まりました(ダートマス会議)。この会議の提案書で「Artificial Intelligence(人工知能)」という言葉が使われ、AI が一つの研究分野として始まったとされています。
同じ頃、アレン・ニューウェルとハーバート・サイモンは定理を証明するプログラム「Logic Theorist」を作り、記号と論理で知能を実現しようとする記号主義の流れを作りました。マッカーシーは AI 研究向けのプログラミング言語 LISP も考案しています。
パーセプトロンと「機械学習」
1958 年、心理学者のフランク・ローゼンブラットが、データから重みを学習するパーセプトロンを発表しました。ルールを人が書くのではなく、例から学ぶコネクショニズム(ニューラルネットワーク派)の出発点です。
1959 年には IBM のアーサー・サミュエルが、対戦を重ねて強くなるチェッカー(西洋碁)のプログラムを発表し、「機械学習(machine learning)」という言葉を広めました。
この時代の主なプレイヤー
| 人物・組織 | 立場 | 主な貢献 |
|---|---|---|
| ウォーレン・マカロック、ウォルター・ピッツ | 研究者 | 形式ニューロン(1943 年) |
| アラン・チューリング | 数学者 | 「機械は考えられるか」の問いとチューリング・テスト(1950 年) |
| ジョン・マッカーシー | 研究者(ダートマス大学 → MIT → スタンフォード大学) | ダートマス会議の提案、「人工知能」の命名、LISP |
| マービン・ミンスキー | 研究者(MIT) | ダートマス会議の提案、MIT の AI 研究所を共同で設立 |
| アレン・ニューウェル、ハーバート・サイモン | 研究者(カーネギー工科大学ほか) | Logic Theorist、記号主義 AI |
| フランク・ローゼンブラット | 研究者(コーネル航空研究所) | パーセプトロン(1958 年) |
| アーサー・サミュエル | 研究者(IBM) | 学習するチェッカーのプログラム、「機械学習」という言葉 |
冬の時代と知識の時代(1970〜80 年代)
最初の「AI の冬」
初期の AI は大きな期待を集めましたが、現実の問題を解くには計算機の性能もデータも足りませんでした。1969 年にはミンスキーとシーモア・パパートが著書『パーセプトロン』で、単層のパーセプトロンでは解けない問題(XOR など)があることを示し、ニューラルネットワークの研究は下火になります。1973 年にイギリスで AI 研究の成果に厳しい評価を下した報告書(ライトヒル報告)が出されるなど、研究資金が絞られた時期は「AI の冬」と呼ばれます。
エキスパートシステムと第五世代コンピュータ
1970〜80 年代に注目されたのは、専門家の知識を「もし〜なら〜」というルールとして書き込むエキスパートシステムです。スタンフォード大学のエドワード・ファイゲンバウムらが開発を進め、企業での導入も広がりました(ファイゲンバウムは 1994 年にチューリング賞を受賞)。
日本では、通商産業省(当時)が 1982 年から約 10 年にわたり第五世代コンピュータプロジェクトを進め、論理による推論を高速に行う計算機の開発に取り組みました。しかし、ルールを人が書き尽くすことの難しさが明らかになり、1980 年代の終わりから 2 度目の AI の冬が訪れます。
冬の中で育ったニューラルネットワークの種
冬の時代にも、今の AI につながる重要な研究が生まれています。
- 甘利俊一は 1967 年に、多層のパーセプトロンを確率的勾配降下法で学習する方法を発表し、のちに情報幾何学を切り開きました
- 福島邦彦(NHK 放送科学基礎研究所)は 1979〜1980 年にネオコグニトロンを発表しました。視覚野をまねて局所的な特徴を段階的に組み合わせる構造は、のちの畳み込みニューラルネットワーク(CNN)の原型です
- ジョン・ホップフィールドは 1982 年に、記憶を思い出すしくみを物理学のエネルギーの考え方で表したホップフィールド・ネットワークを発表しました
- ジェフリー・ヒントンはテリー・セジュノスキーらとボルツマンマシン(1985 年)を考案し、1986 年にはデビッド・ラメルハート、ロナルド・ウィリアムズと誤差逆伝播法(バックプロパゲーション)の論文を『Nature』に発表しました。多層のネットワークを学習させる方法が広く知られるきっかけになりました
- ジューディア・パールは、不確かな知識を確率で扱うベイジアンネットワークを体系化しました(2011 年にチューリング賞を受賞)
ホップフィールドとヒントンは、この時期の研究によって 2024 年のノーベル物理学賞を受賞しています。
この時代の主なプレイヤー
| 人物・組織 | 立場 | 主な貢献 |
|---|---|---|
| マービン・ミンスキー、シーモア・パパート | 研究者(MIT) | 『パーセプトロン』で単層パーセプトロンの限界を示す(1969 年) |
| エドワード・ファイゲンバウム | 研究者(スタンフォード大学) | エキスパートシステム |
| 通商産業省・ICOT | 日本の国家プロジェクト | 第五世代コンピュータ(1982〜1992 年ごろ) |
| 甘利俊一 | 研究者(九州大学 → 東京大学 → 理化学研究所) | 多層パーセプトロンの確率的勾配降下法、情報幾何学 |
| 福島邦彦 | 研究者(NHK 放送科学基礎研究所) | ネオコグニトロン(CNN の原型) |
| ジョン・ホップフィールド | 研究者(カリフォルニア工科大学ほか) | ホップフィールド・ネットワーク(1982 年) |
| ジェフリー・ヒントン | 研究者(カーネギーメロン大学 → トロント大学) | ボルツマンマシン、誤差逆伝播法の普及(1986 年) |
| ジューディア・パール | 研究者(UCLA) | ベイジアンネットワーク |
統計的機械学習の時代(1990〜2000 年代)
データから学ぶ手法が主役に
1990 年代になると、AI 研究の中心は、ルールを書き込む方法からデータから統計的に学ぶ方法へ移っていきます。
- ヤン・ルカンは AT&T ベル研究所で、手書きの郵便番号を読み取る CNN を開発し(1989 年)、1998 年に LeNet-5 としてまとめました。小切手の読み取りなどで実用化されています
- ゼップ・ホッホライターとユルゲン・シュミットフーバーは 1997 年に、長い系列の情報を覚えておける LSTM を発表しました。のちに音声認識や機械翻訳で広く使われます
- ウラジミール・ヴァプニクはコリーナ・コルテスとともにサポートベクターマシン(SVM、1995 年)を発表し、2000 年代の機械学習の主役になりました
- リチャード・サットンとアンドリュー・バルトは、試行錯誤と報酬から学ぶ強化学習を体系化しました(1998 年に教科書『強化学習』を出版。2025 年 3 月に 2024 年度のチューリング賞の受賞が発表)
- ヨシュア・ベンジオは 2003 年に、ニューラルネットワークで次の単語を予測する言語モデルを発表しました。今の大規模言語モデル(LLM)の祖先にあたる研究です
Deep Blue と Watson:企業の見せ場
ビジネスの側では、IBM が AI の存在感を世間に示しました。1997 年には IBM のチェス専用コンピュータ Deep Blue が世界チャンピオンのガルリ・カスパロフに勝ち、2011 年には質問応答システム Watson がアメリカのクイズ番組「Jeopardy!」で歴代チャンピオンに勝っています。
GPU とデータセット:革命の準備
2000 年代後半には、2012 年の革命に必要な部品がそろっていきます。
- ジェンスン・フアンが 1993 年に共同で創業した NVIDIA は、ゲーム向けの GPU を汎用の計算に使うための CUDA を 2007 年に公開しました。大量の行列計算を並列に行う GPU は、ニューラルネットワークの学習に向いていました
- アンドリュー・ン(スタンフォード大学)らは 2009 年に、GPU を使うと深いネットワークの学習を大幅に速くできることを示しました
- フェイフェイ・リー(当時プリンストン大学、のちスタンフォード大学)は、1,000 万枚を超える画像にラベルを付けたデータセット ImageNet を 2009 年に発表し、2010 年から画像認識のコンテスト(ILSVRC)を始めました
- ヒントンは 2006 年に、層ごとに事前学習することで深いネットワークを学習できる深層信念ネットワークを発表し、「ディープラーニング」という呼び方が広まるきっかけを作りました
この時代の主なプレイヤー
| 人物・組織 | 立場 | 主な貢献 |
|---|---|---|
| ヤン・ルカン | 研究者(AT&T ベル研究所 → ニューヨーク大学) | CNN の実用化(LeNet) |
| ゼップ・ホッホライター、ユルゲン・シュミットフーバー | 研究者(ミュンヘン工科大学、スイス IDSIA) | LSTM(1997 年) |
| ウラジミール・ヴァプニク、コリーナ・コルテス | 研究者(AT&T ベル研究所) | サポートベクターマシン(1995 年) |
| リチャード・サットン、アンドリュー・バルト | 研究者(マサチューセッツ大学アマースト校ほか) | 強化学習の体系化 |
| ヨシュア・ベンジオ | 研究者(モントリオール大学) | ニューラル言語モデル(2003 年) |
| IBM | 企業 | Deep Blue(1997 年)、Watson(2011 年) |
| ジェンスン・フアン / NVIDIA | 創業者・CEO / 企業 | GPU と CUDA(2007 年)で深層学習の計算基盤を作る |
| フェイフェイ・リー | 研究者(プリンストン大学 → スタンフォード大学) | ImageNet(2009 年) |
| アンドリュー・ン | 研究者(スタンフォード大学) | GPU による深層学習の高速化 |
ディープラーニング革命(2012〜2016 年)
AlexNet:2012 年の転換点
2012 年の ImageNet のコンテストで、ヒントンの研究室のアレックス・クリジェフスキーとイリヤ・サツケバーが作った CNN「AlexNet」が、2 位以下に大差をつけて優勝しました。GPU 2 枚で学習した深いネットワークが、人が設計した特徴量を使う従来の手法を大きく上回ったことで、研究者の関心は一気にディープラーニングへ向かいます。
この成功を受けて、ヒントンと 2 人の学生が作った会社 DNNresearch は 2013 年に Google に買収されました。ここから、大学の研究者を巨大 IT 企業が迎え入れる流れが加速します。
巨大 IT 企業の研究所
| 研究組織 | 設立 | 中心人物 | 主な成果 |
|---|---|---|---|
| Google Brain | 2011 年 | アンドリュー・ン、ジェフ・ディーン、グレッグ・コラード | 大規模分散学習、「猫を見つけたニューラルネットワーク」(2012 年)、TensorFlow(2015 年) |
| DeepMind | 2010 年創業、2014 年に Google が買収 | デミス・ハサビス、シェーン・レッグ、ムスタファ・スレイマン | Atari のゲームを学ぶ DQN、AlphaGo(2016 年) |
| Facebook AI Research(FAIR) | 2013 年 | ヤン・ルカン | PyTorch(2016 年公開)、自己教師あり学習 |
| Microsoft Research | 1991 年 | カイミン・ヒー(何愷明)ら | ResNet(2015 年) |
| Baidu | 2014 年にンが主任研究員に | アンドリュー・ン | 中国での深層学習の研究拠点 |
次々と生まれた基盤技術
この時期には、今も使われている技術がいくつも生まれました。
- word2vec(2013 年、Google のトマス・ミコロフら): 単語を意味が近いほど近いベクトルで表す
- GAN(2014 年、イアン・グッドフェロー): 2 つのネットワークを競わせて本物らしい画像を生成する
- Sequence to Sequence(2014 年、サツケバー、オリオル・ヴィニャルス、クオック・レー)とアテンション(2014 年、ドミトリー・バダナウ、チョ・キョンヒョン、ベンジオ): 機械翻訳を大きく改善し、のちの Transformer につながる
- ResNet(2015 年、カイミン・ヒーら): 「近道」の接続で 100 層を超えるネットワークを学習できるようにした
AlphaGo と OpenAI の設立
2016 年 3 月、DeepMind の AlphaGo が囲碁のトップ棋士イ・セドルに 4 勝 1 敗で勝ちました。囲碁はコンピューターが人間に勝つのはまだ先と言われていたため、世界的なニュースになりました。DeepMind の創業者デミス・ハサビスは、ゲームを足がかりに汎用的な知能を目指すという方針を掲げていました。
一方、2015 年 12 月には、AI の恩恵を人類全体に広げることを掲げた非営利の研究組織 OpenAI が設立されました。設立メンバーには、起業家のサム・アルトマンとイーロン・マスク、Stripe の元 CTO グレッグ・ブロックマン、Google から移ったイリヤ・サツケバーらが名を連ねています。
開発ツールと日本のスタートアップ
研究を誰でも試せるようにしたのが、深層学習のフレームワークです。Google の TensorFlow(2015 年公開)と、FAIR のスミス・チンタラらが開発した PyTorch(2016 年公開)が二大フレームワークになりました。
日本では、西川徹と岡野原大輔が 2014 年に創業した Preferred Networks が、2015 年にフレームワーク Chainer を公開しました。Chainer の「計算しながらネットワークを組み立てる」方式(define-by-run)は、PyTorch にも影響を与えたとされています。
チューリング賞:「深層学習のゴッドファーザー」
深層学習を冬の時代から支え続けたヒントン、ルカン、ベンジオの 3 人は、2018 年度のチューリング賞を共同で受賞しました(2019 年 3 月に発表)。
Transformer と大規模言語モデル(2017〜2022 年)
「Attention Is All You Need」
2017 年、Google の研究者 8 人が論文「Attention Is All You Need」で Transformer を発表しました。文章中の単語どうしの関係をアテンションだけで計算するこの構造は、並列計算に向いていて大規模化しやすく、今の ChatGPT や Claude、Gemini の土台になっています。
著者の 8 人はその後ほぼ全員が Google を離れ、多くが自ら AI 企業を立ち上げました。
| 著者 | その後の主な活動 |
|---|---|
| アシシュ・ヴァスワニ、ニキ・パルマー | Adept を共同創業、のち Essential AI を共同創業 |
| ノーム・シャジーア | Character.AI を共同創業(2021 年)。2024 年に Google へ戻り Gemini の開発に参加 |
| エイダン・ゴメス | Cohere を共同創業(2019 年)、CEO |
| ライオン・ジョーンズ | 東京で Sakana AI を共同創業(2023 年) |
| ヤコブ・ウスコライト | Inceptive を共同創業 |
| イリア・ポロスキン | NEAR Protocol を共同創業 |
| ウカシュ・カイザー | OpenAI に参加 |
BERT と GPT:2 つのアプローチ
Transformer を使った言語モデルは、2 つの方向に発展しました。
- BERT(2018 年、Google のジェイコブ・デブリンら): 文の穴埋めで事前学習し、検索や分類などの「理解」のタスクで高い性能を出した。2019 年には Google 検索に導入された
- GPT(2018 年、OpenAI のアレック・ラドフォードら): 次の単語を予測する「生成」の方向。GPT-2(2019 年)、1,750 億パラメータの GPT-3(2020 年)と規模を大きくしていった
2020 年には OpenAI のジャレッド・カプランらが、モデルの大きさ・データ量・計算量を増やすと性能が予測どおりに上がるというスケーリング則を発表しました。「とにかく大きくすれば賢くなる」という見通しが、その後の巨額投資の根拠になります。
資金を集めるための組織変更
大規模なモデルの学習には、莫大な計算資源が必要です。OpenAI は 2018 年にマスクが取締役を退いたあと、2019 年に利益の上限付きの営利子会社を作り、Microsoft から 10 億ドルの出資を受けました。2014 年から Microsoft の CEO を務めるサティア・ナデラは、この提携をクラウド(Azure)事業の強化と結びつけました。
2021 年には、OpenAI で GPT-3 の開発などを率いたダリオ・アモデイとダニエラ・アモデイの兄妹らが独立し、AI の安全性の研究を重視する Anthropic を設立しました。
AlphaFold と画像生成
言語以外でも大きな成果が出ています。
- DeepMind の AlphaFold 2(2020 年)は、アミノ酸の並びからタンパク質の立体構造を高い精度で予測した。ハサビスとジョン・ジャンパーは、この業績で 2024 年のノーベル化学賞を受賞(タンパク質の設計の研究をしたデイヴィッド・ベイカーと共同)
- 拡散モデルは、2020 年のジョナサン・ホーらの研究(DDPM)で画質が大きく向上した。2022 年には OpenAI の DALL·E 2、デビッド・ホルツが率いる Midjourney、ミュンヘン大学のロビン・ロンバッハらの研究をもとに Stability AI などが公開した Stable Diffusion が登場し、誰でも文章から画像を作れるようになった
オープンなモデルの流通を支えた Hugging Face
2016 年にクレマン・ドラング、ジュリアン・ショーモン、トマ・ウォルフが創業した Hugging Face は、Transformer のモデルを簡単に使えるライブラリ「transformers」と、モデルを共有するサイト(Hub)を提供し、オープンなモデルの流通の中心になりました。
ChatGPT の公開
2022 年 3 月、OpenAI は人間のフィードバックによる強化学習(RLHF)で、指示に従うように調整した InstructGPT を発表しました。そして 2022 年 11 月 30 日、この技術を対話向けにした ChatGPT を公開します。ChatGPT は公開から短期間で利用者を爆発的に増やし、AI が研究者のものから誰もが使う道具へ変わる転換点になりました。
この時代の主なプレイヤー
| 人物・組織 | 立場 | 主な貢献 |
|---|---|---|
| Transformer の著者 8 人 | 研究者(Google) | Transformer(2017 年)。その後、多くが AI 企業を創業 |
| ジェイコブ・デブリン | 研究者(Google) | BERT(2018 年) |
| アレック・ラドフォード | 研究者(OpenAI) | GPT シリーズの初期の開発 |
| ジャレッド・カプラン | 研究者(OpenAI → Anthropic 共同創業) | スケーリング則(2020 年) |
| サム・アルトマン | OpenAI CEO | 営利子会社の設立と巨額の資金調達、ChatGPT の公開 |
| サティア・ナデラ / Microsoft | CEO / 企業 | OpenAI への出資と Azure での提供 |
| ダリオ・アモデイ、ダニエラ・アモデイ / Anthropic | 創業者 / 企業 | 安全性を重視した AI 開発(2021 年設立) |
| デミス・ハサビス、ジョン・ジャンパー | DeepMind | AlphaFold 2(2020 年)、2024 年ノーベル化学賞 |
| Stability AI、Midjourney | 企業 | 画像生成 AI の一般への普及(2022 年) |
| Hugging Face | 企業 | オープンなモデルの共有基盤 |
生成 AI ブーム(2023 年〜)
巨大 IT 企業の総力戦
ChatGPT の成功を受けて、巨大 IT 企業は AI を最優先の事業に据えました。
- Microsoft は 2023 年 1 月に OpenAI への数十億ドル規模の追加出資を発表し、検索エンジン Bing や Office 製品に GPT-4 を組み込んだ
- OpenAI は 2023 年 3 月に GPT-4 を公開。2024 年 9 月には、答える前に時間をかけて考える推論モデルの o1 を発表した
- Google(CEO:スンダー・ピチャイ)は 2023 年 4 月に Google Brain と DeepMind を統合して Google DeepMind とし、ハサビスを CEO に据えた。同年 12 月には Gemini を発表
- Meta(CEO:マーク・ザッカーバーグ)は 2023 年に LLaMA を研究者向けに公開し、続く Llama 2 からは商用利用も認めて、重みを公開するオープンなモデルの流れを作った。2025 年には Scale AI に大型出資して創業者のアレクサンダー・ワンを迎え、Meta Superintelligence Labs を立ち上げた
- Anthropic は 2023 年 3 月に Claude を公開。Amazon と Google から大型の出資を受けた
- イーロン・マスクは 2023 年に xAI を設立し、Grok を公開した
主役になった NVIDIA
生成 AI の学習と推論には大量の GPU が必要なため、NVIDIA の GPU は各社の奪い合いになりました。NVIDIA の時価総額は 2023 年に 1 兆ドルを超え、2025 年には 4 兆ドルを超えています。30 年以上 CEO を務めるジェンスン・フアンは、GPU とソフトウェア(CUDA)を一体で育ててきた戦略が実を結んだ形です。
計算基盤への投資も巨大になっています。2025 年 1 月には、OpenAI・ソフトバンクグループ(会長兼社長:孫正義)・Oracle などが、アメリカで AI 向けのデータセンターを建設する Stargate プロジェクトを発表しました。
OpenAI の経営危機と人材の流動
2023 年 11 月、OpenAI の取締役会がアルトマンを突然解任し、社員の大半が反発する騒動が起きました。アルトマンは数日で CEO に復帰しますが、AI の安全性と事業の拡大のどちらを優先するかという対立が表に出た出来事でした。
その後、OpenAI から独立する人材が相次ぎます。
| 人物 | 立場 | 設立した会社 |
|---|---|---|
| イリヤ・サツケバー | OpenAI 共同創業者・元チーフサイエンティスト | Safe Superintelligence(SSI、2024 年) |
| ミラ・ムラティ | OpenAI 元 CTO | Thinking Machines Lab(2025 年) |
研究者の大移動は他社でも起きています。ルカンは 2025 年 11 月に Meta を離れ、言語だけでなく物理世界を理解する AI を目指すスタートアップ AMI Labs を立ち上げると発表しました。
世界に広がるプレイヤー
アメリカ以外からも有力な企業が生まれています。
- Mistral AI(フランス、2023 年): DeepMind と Meta 出身のアルチュール・メンシュ、ギヨーム・ランプル、ティモテ・ラクロワが創業。オープンなモデルで存在感を示す
- DeepSeek(中国、2023 年): ヘッジファンド High-Flyer を率いる梁文鋒(リャン・ウェンフォン)が創業。2025 年 1 月の推論モデル DeepSeek-R1 は、少ない計算資源で高い性能を出したとして世界の株式市場にも影響を与えた
- Sakana AI(日本、2023 年): Transformer の著者ライオン・ジョーンズ、Google 出身のデビッド・ハ、伊藤錬が東京で創業。複数のモデルを進化的に組み合わせる研究などで知られる
AI 研究がノーベル賞に
2024 年には、AI 研究が 2 つのノーベル賞を受賞しました。
| 賞 | 受賞者 | 受賞理由の対象 |
|---|---|---|
| 物理学賞 | ジョン・ホップフィールド、ジェフリー・ヒントン | ニューラルネットワークによる機械学習を可能にした基礎的な発見 |
| 化学賞 | デミス・ハサビス、ジョン・ジャンパー(デイヴィッド・ベイカーと共同) | AlphaFold によるタンパク質の構造予測 |
なお、ヒントンは 2023 年に Google を退社し、AI のリスクについて自由に発言するためだと説明しています。ベンジオも AI の安全性の議論を主導するなど、深層学習を作った研究者たち自身が、AI の危険性に警鐘を鳴らす側にも立っています。
人物・企業の早見表
最後に、この記事に出てきた主なプレイヤーを役割ごとに整理します。
技術の基礎を作った研究者
| 人物 | 主な貢献 | 主な受賞 |
|---|---|---|
| アラン・チューリング | 機械の知能という問い | — |
| ジョン・マッカーシー | 「人工知能」の命名、LISP | チューリング賞(1971 年) |
| マービン・ミンスキー | AI 研究の確立 | チューリング賞(1969 年) |
| フランク・ローゼンブラット | パーセプトロン | — |
| 甘利俊一、福島邦彦 | 多層ネットワークの学習、ネオコグニトロン | — |
| ジョン・ホップフィールド | ホップフィールド・ネットワーク | ノーベル物理学賞(2024 年) |
| ジェフリー・ヒントン | 誤差逆伝播法の普及、ボルツマンマシン、AlexNet | チューリング賞(2018 年度)、ノーベル物理学賞(2024 年) |
| ヤン・ルカン | CNN の実用化 | チューリング賞(2018 年度) |
| ヨシュア・ベンジオ | ニューラル言語モデル、アテンション | チューリング賞(2018 年度) |
| ユルゲン・シュミットフーバー | LSTM | — |
| リチャード・サットン、アンドリュー・バルト | 強化学習 | チューリング賞(2024 年度) |
| フェイフェイ・リー | ImageNet | — |
| イリヤ・サツケバー | AlexNet、Seq2Seq、GPT シリーズ | — |
| Transformer の著者 8 人 | Transformer | — |
ビジネスを動かした企業と経営者
| 企業 | 主な経営者・創業者 | AI での役割 |
|---|---|---|
| NVIDIA | ジェンスン・フアン | GPU と CUDA による計算基盤 |
| Google / Alphabet | スンダー・ピチャイ、デミス・ハサビス(Google DeepMind) | Transformer、AlphaGo、AlphaFold、Gemini |
| Microsoft | サティア・ナデラ | OpenAI への出資、Azure・Copilot |
| OpenAI | サム・アルトマン、グレッグ・ブロックマン | GPT シリーズ、ChatGPT |
| Anthropic | ダリオ・アモデイ、ダニエラ・アモデイ | Claude、AI の安全性研究 |
| Meta | マーク・ザッカーバーグ | PyTorch、Llama(オープンなモデル) |
| xAI | イーロン・マスク | Grok |
| Mistral AI | アルチュール・メンシュ | 欧州発のオープンなモデル |
| DeepSeek | 梁文鋒 | 低コストで高性能な推論モデル |
| Hugging Face | クレマン・ドラング | モデル共有の基盤 |
| Preferred Networks | 西川徹、岡野原大輔 | Chainer、日本発の深層学習企業 |
| Sakana AI | デビッド・ハ、ライオン・ジョーンズ、伊藤錬 | 日本発の AI 研究企業 |
| ソフトバンクグループ | 孫正義 | AI への巨額投資、Stargate |
まとめ
- AI の歴史は、研究(アルゴリズム)・計算基盤とデータ(GPU・ImageNet)・ビジネス(資金と製品)の 3 つがそろったときに大きく進んできた
- 1980 年代の誤差逆伝播法は、2000 年代の GPU と ImageNet がそろって 2012 年の AlexNet で花開いた。2017 年の Transformer は、スケーリング則と巨額の投資によって 2022 年の ChatGPT につながった
- 冬の時代にもニューラルネットワークの研究を続けたヒントン・ルカン・ベンジオや、福島邦彦・甘利俊一らの研究が、今の AI の土台になっている
- 2012 年以降は、大学の研究者が巨大 IT 企業やスタートアップに移り、研究とビジネスの距離が一気に縮まった。Transformer の著者や OpenAI の初期メンバーが次々に会社を作っているのはその象徴
- 生成 AI ブーム以降は、モデルを作る企業だけでなく、NVIDIA のような計算基盤の企業や、データセンターに投資する企業も主要なプレイヤーになっている
参考
- A.M. Turing Award(ACM)
- Fathers of the Deep Learning Revolution Receive ACM A.M. Turing Award(ACM、2019 年)
- The Nobel Prize in Physics 2024(Nobel Prize)
- The Nobel Prize in Chemistry 2024(Nobel Prize)
- Attention Is All You Need(arXiv)
- ImageNet Classification with Deep Convolutional Neural Networks(NeurIPS 2012)
- Scaling Laws for Neural Language Models(arXiv)
- Introducing ChatGPT(OpenAI)